箱根駅伝を走ったマラソン好きなひとり社長

Page Views(since2020/02/25)6月16.5万PV 訪問頂きありがとうございます!
1060885
ひとり社長ひとり社長

箱根駅伝をだいぶ昔に走ったひとり社長です。今は小さな会社をひとりでやってます。

ひとり社長
ひとり社長

人生で大切な事は全て箱根駅伝で学びました。

大学時代自分の青春を箱根駅伝に全力を注ぎ濃い時間を過ごせた

事に心から感謝です。

箱根駅伝を走ったことでつかんだ本当の宝物

ひとり社長
ひとり社長

箱根駅伝に出場したのは遠い過去の記憶となってしましましたが

アラフォーの今も人生の夢に向かって今も走り続けています。

ひとり社長
ひとり社長

大学時代、私が在籍していた大学は、優勝を狙う強豪校でした。

大学入学してレベルが高さに愕然としました。10人のメンバーに選ばれて箱根駅伝を走るのは、ちょっと無理だなー?

(それくらいレベルの差は歴然でした)

ですが、自分がやれる事に、毎日取り組んでいけば、少しづつですが人間って成長するんですね。  

着実に力をつけ3,4年生の時に箱根駅伝を走りトップで襷を渡せました。 

これは私の人生の中でそれからの社会人生活の自信となり箱根駅伝の経験が今でも私を支えてくれる大事な宝物です。

ひとり社長
ひとり社長

箱根駅伝には運がよく走らせて頂きましたが、

私の人生の宝物は、大学4年間一つの夢に向かって

悪戦苦闘して、どうにかしようとただただ

一生懸命に取り組んだことが何よりの宝物です。

そして、人生を歩んでいく上で、その時出会った同期

先輩、後輩、監督、コーチ、サポーターの方々に出会えた

事も宝物です。

ひとり社長が箱根駅伝を走った奇跡

ひとり社長
ひとり社長

私の今のちょとした夢は、自分自身が箱根駅伝を走った後に就職し転職、独立し自分の会社を作るまでに、悪戦苦闘してきた経験を誰かの為にお役に立てたらいいなぁーと考えています。

今の仕事とは全く関係ない本当に夢なんですけどね。新しい夢の第一歩としてブログをはじめようと考えました。 (2019年夏)

ひとり社長
ひとり社長

私は、チームでは箱根駅伝メンバーギリギリの選手でした。

だから弱者の戦略で箱根駅伝出場をつかめたのも事実です。

箱根駅伝メンバーギリギリの選手の心理 これは私の実体験

大学卒業後の進路

ひとり社長
ひとり社長

箱根駅伝を走った後は、陸上を退こうと考えていました。やはり強豪大学だったので、自分より遥かに強い選手を見る事で、自分の中に陸上に対する一区切りを感じていました。

それも大学入学してすぐにその現実は突きつけれましたが、それが

私にとって良かったと思います。

希望いっぱいの大学入学ですが、その時点で卒業後は、陸上を引退しようと決めたのも、18歳の自分の覚悟だったと思います。

箱根駅伝を走る為だけに悔いが残らないように4年間がんばってみよう。

早かれ遅かれ、いつか陸上は引退しないといけない時期が来ると私は思います。その区切りを付けさせてくれましたそれも大学入学と同時にです。同期には天才と呼ばれるような選手がいたのも私の気持ちをきめさせたのでしょう。

ひとり社長
ひとり社長

大学在学中は、できるだけ走る事に集中しようと思ってました。

小さい時からの夢で、先生になるのが、夢で大学も自分の学部とは別に教習を取れるカリキュラムを受けていましたので、教員免許は取得できましたが、 箱根駅伝の為に全パワーを尽くしていたので、 在学中には、教員試験には受からないので、卒業後に浪人して教員を目指していこうと思っていました。

ひとり社長
ひとり社長

ですがに親に東京の大学まで行かせてもらって、これ以上の負担はかけられないと思い、箱根駅伝のご縁もあって、当時では一流企業に就職できました。

(今でもお付き合いがある先輩の一声で入社できました。これもご縁です。その後その先輩は、私の人生の節々で助けてもらいました頭があがらない尊敬できる先輩です。今では誰もが知っている企業で成功されてます。さすがです。)

大学を卒業し一般企業に就職

ひとり社長
ひとり社長

何不自由ない環境の中で自分を模索していた時期でした 。

普通に就職しましたが、やはり箱根駅伝に全力で取り組みそれ以上の夢を当時見つけることができず何か自分の中で不完全燃焼の部分を感じていました。 自分が本当にやりたいことって何なんだろうか?   

転職を決意

 その当時の会社に大きな不満があるというわけではありませんでしたが、なにかもやもやとしたものを感じていたのは確かでした。

ひとり社長
ひとり社長

転職雑誌にフルコミション営業の転職の記事があり、一定の成績を上げたら、将来独立できる転職先があり、自分も将来社長になりたいと新たな夢が見つかりました。

当時結婚してましたので、周囲からは猛反対されました。 それは当然です。 一流企業なんでそれを辞めるなんて頭がおかしくなったんじゃないかみたいに言われました。当時の上司には

当時の上司
当時の上司

今の仕事に何の不満があるんだ?普通以上の給料もらって

(100%成功するわけないから、バカな事はするな)

100人中99人が反対したなか、義理の父だけが、やれるんだったら全力でやってみろと温かく見守ってくれました。 

ひとり社長
ひとり社長

義理の父は社長をやっていて、私も義理の父に憧れていた部分があります。 その義理の父は今は天国にいますが義理の父の存在がなかったら夢の第一歩を踏み出せなかったと思います。30才を目の前にして自ら荒波に飛びこみました 。

箱根駅伝のおかげで結婚できたかも

今は、天国にいる義理父ですが、生前私の事を周囲の友達によく話ていたと義理母から聞かされました。

もし?箱根駅伝を走っていなかったたら こんなに簡単に結婚を許したか?と義理母が聞いたら、冗談まじりで許さなかったwと言ってたそうです。

ひとり社長
ひとり社長

多分本音だと思います。 箱根駅伝を走って、一流企業に勤めているから、安心していたはずなので。

フルコミション営業は甘くなかった

将来独立できるの夢をもってフルコミション営業をはじめましたが、そんなに甘い世界ではありあませんでした。 2か月ほど、契約は1件も取れませんでした。 ですが退路を断っての転職だったので成功するしか自分の生きる道がありませんでした。 もうがむしゃらに働きました。断られても次の1件 次の1件とトライ・アンド・エラーの繰り替えしで次第に契約を頂けるようになりました。 

ひとり社長
ひとり社長

当時は夢中夢中でまさに箱根駅伝に出たいと頑張っていた当時のように 夢に向かって全力で走っていました。

正直はた目からみたら大変に見えたと思いますが、

実は気持ちは充実していました。自分の夢に向かって頑張っている

手応えをひしひしと感じていたので。

箱根駅伝の経験が無かったら、フルコミション営業に耐えきれなかったと思います。

(体は正直で、ストレスで小さい10円ハゲが出来ていました。

だけど当時の私はストレスとは感じていませんでした

頭の中は、ほぼ営業の事でいっぱいでした。)

転職する時に大切なこと

私の無鉄砲さで、なんとか頑張れば、なんとかなる精神も大事ですが、フルコミション営業は、契約を取らないとお金が頂けません。約2年間くらい給与を貰った日に、使えるお金がほとんどない期間がありました。 営業はすこぶる順調でしたが、急に給与は良くなりません。 妻にはかなり苦労かけたと思います。今振り返って転職した事で、私の天職を掴めましたが、 ある程度の犠牲と覚悟がないと転職はしないほうがいいと、身を持って感じました。私の業界で独立できるのは、5%と言われるくらい厳しい世界でしたが、家族の支えと箱根駅伝で養ってきた諦めない気持ちで夢の切符を掴めました。

ひとり社長
ひとり社長

運よく、どうにか軌道に乗って普通の生活はできるように

なりましたが、やはり転職、独立するためには、ある程度の

資金繰りの計算をしていないと、自分自身がきつくなることを

学びましたし、(家族に迷惑をかけてしみます)

フルコミション営業から独立

ひとり社長
ひとり社長

約5年間ひたすら、走り続けお客様も増えて晴れて自分の会社を設立できました。

誰もが無理だと言っていたフルコミション営業で独立できたのは、

ただ一生懸命だった何も知らなかった私から、契約をしてくださったお客様のおかげです、今でも多くのお客様が継続してお付き合い頂いておりますありがたいことです。

そして妻にも色々と負担をかけてしまいましたが自分と一緒に耐えてくれた事に感謝です。

私が独立した年に、結婚して8年目に息子が生まれました。正直子供が生まれた時は、男泣きしました。

だけどこの5年間は、今考えてもかなりストイックな生活でした。

陸上のTVは箱根駅伝以外見ない

一歩も走らない(ジョギングすらしたことがありませんでした)

自分の好きだからこそ、断ってました。

ひとり社長として

ひとり社長
ひとり社長

独立してもう10年近くなりました。おかげさまで少しづつですが、お客様も増え続けています。

今までは、会社を大きくしたいと思ってましたが、自分の夢は?と問いかける事が多くなりました。 今の仕事で社員さんを雇って規模を大きくするのも、本来のあり方ですが、どうもそれは私には、向いてないような気がします。 敢えて会社を大きくするよりも今のお客様を大事にしていきながら自分自身少しづつ成長していき、第2の夢を平行しながら進めていけたらと考えています。

ひとり社長
ひとり社長

今までの経験をブログを通して伝えていく事で新たな自分自身の発見ができたらと考えております。

このブログが新たな私自身のチャレンジです。

(2019年夏)

ひとり社長が箱根駅伝を走った奇跡

twitterをやっています。フォローして頂けると、ブログ更新を見逃しません。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました