箱根駅伝を走ったマラソン好きなひとり社長

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箱根駅伝をだいぶ昔に走ったひとり社長です。今は小さな会社をひとりでやってます。

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人生で大切な事は全て箱根駅伝で学びました。

大学時代自分の青春を箱根駅伝に全力を注ぎ濃い時間を過ごせた

事に心から感謝です。

箱根駅伝を走ったことでつかんだ本当の宝物

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箱根駅伝に出場したのは遠い過去の記憶となってしましましたが

アラフォーの今も人生の夢に向かって今も走り続けています。

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大学時代、私が在籍していた大学は、優勝を狙う強豪校でした。

大学入学してレベルが高さに愕然としました。10人のメンバーに選ばれて箱根駅伝を走るのは、ちょっと無理だなー?

(それくらいレベルの差は歴然でした)

ですが、自分がやれる事に、毎日取り組んでいけば、少しづつですが人間って成長するんですね。  

着実に力をつけ3,4年生の時に箱根駅伝を走りトップで襷を渡せました。 

これは私の人生の中でそれからの社会人生活の自信となり箱根駅伝の経験が今でも私を支えてくれる大事な宝物です。

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箱根駅伝には運がよく走らせて頂きましたが、

私の人生の宝物は、大学4年間一つの夢に向かって

悪戦苦闘して、どうにかしようとただただ

一生懸命に取り組んだことが何よりの宝物です。

そして、人生を歩んでいく上で、その時出会った同期

先輩、後輩、監督、コーチ、サポーターの方々に出会えた

事も宝物です。

ひとり社長が箱根駅伝を走った奇跡

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私の今のちょとした夢は、自分自身が箱根駅伝を走った後に就職し転職、独立し自分の会社を作るまでに、悪戦苦闘してきた経験を誰かの為にお役に立てたらいいなぁーと考えています。

今の仕事とは全く関係ない本当に夢なんですけどね。新しい夢の第一歩としてブログをはじめようと考えました。 (2019年夏)

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私は、チームでは箱根駅伝メンバーギリギリの選手でした。

だから弱者の戦略で箱根駅伝出場をつかめたのも事実です。

箱根駅伝メンバーギリギリの選手の心理 これは私の実体験

大学卒業後の進路

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箱根駅伝を走った後は、陸上を退こうと考えていました。やはり強豪大学だったので、自分より遥かに強い選手を見る事で、自分の中に陸上に対する一区切りを感じていました。

それも大学入学してすぐにその現実は突きつけれましたが、それが

私にとって良かったと思います。(大学1年の時に悟りました、陸上で生きていく事は無理だと。)

希望いっぱいの大学入学ですが、その時点で卒業後は、陸上を引退しようと決めたのも、18歳の自分の覚悟だったと思います。

箱根駅伝を走る為だけに悔いが残らないように4年間がんばってみよう。

早かれ遅かれ、いつか陸上は引退しないといけない時期が来ると私は思います。その区切りを付けさせてくれましたそれも大学入学と同時にです。同期には天才と呼ばれるような選手がいたのも私の気持ちをきめさせたのでしょう。

やはり天才の同期は今でも大活躍です。そんな同期をもてて光栄ですし

自分も頑張るぞ!と勇気をもらっています。

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大学在学中は、できるだけ走る事に集中しようと思ってました。

小さい時からの夢で、先生になるのが、夢で大学も自分の学部とは別に教習を取れるカリキュラムを受けていましたので、教員免許は取得できましたが、 箱根駅伝の為に全パワーを尽くしていたので、 在学中には、教員試験には受からないので、卒業後に浪人して教員を目指していこうと思っていました。

ひとり社長
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ですがに親に東京の大学まで行かせてもらって、これ以上の負担はかけられないと思い、箱根駅伝のご縁もあって、当時では一流企業に就職できました。

大学を卒業し一般企業に就職

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何不自由ない環境の中で自分を模索していた時期でした 。

普通に就職しましたが、やはり箱根駅伝に全力で取り組みそれ以上の夢を当時見つけることができず何か自分の中で不完全燃焼の部分を感じていました。 自分が本当にやりたいことって何なんだろうか? 

その答えはなかなか見つかりませんでした。  

転職を決意

 その当時の会社に大きな不満があるというわけではありませんでしたが、なにかもやもやとしたものを感じていたのは確かでした。

ひとり社長
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転職雑誌にフルコミション営業の転職の記事があり、一定の成績を上げたら、将来独立できる転職先があり、自分も将来社長になりたいと新たな夢が見つかりました。

当時結婚してましたので、周囲からは猛反対されました。 それは当然です。 一流企業なんでそれを辞めるなんて頭がおかしくなったんじゃないかみたいに言われました。当時の上司には

当時の上司
当時の上司

今の仕事に何の不満があるんだ?普通以上の給料もらって

(100%成功するわけないから、バカな事はするな)

100人中99人が反対したなか、義理の父だけが、やれるんだったら全力でやってみろと温かく見守ってくれました。 

ひとり社長
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義理の父は社長をやっていて、私も義理の父に憧れていた部分があります。 その義理の父は今は天国にいますが義理の父の存在がなかったら夢の第一歩を踏み出せなかったと思います。30才を目の前にして自ら荒波に飛びこみました 。

フルコミション営業は甘くなかった

将来独立できるの夢をもってフルコミション営業をはじめましたが、そんなに甘い世界ではありあませんでした。 2か月ほど、契約は1件も取れませんでした。 

ひとり社長
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フルコミション営業はそんな甘くなかったです。もし今同じことをやれと言われて

成功する自信はほぼ無いです。 あの頃の私は才能はほぼゼロでしたが、気持ちだけは誰にも負けないくらい輝いていたと思います。朝5時半に起き、6時には家を出てました。帰るのはいつも遅く、家には寝に帰っている感じでした。

  転職して1年くらいは、頭の中は、仕事の事でいっぱいでした。今思えば妻にはほんと悪かったと思います。 だけど人生全てをかけていたので、、、ですが退路を断っての転職だったので成功するしか自分の生きる道がありませんでした。あきらめたらほんと何も残らない状況でした。

 もうがむしゃらに働きました。断られても次の1件 次の1件とトライ・アンド・エラーの繰り替えしで次第に契約を頂けるようになりました。 

ひとり社長
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当時は夢中夢中でまさに箱根駅伝に出たいと頑張っていた当時のように 夢に向かって全力で走っていました。

正直はた目からみたら大変に見えたと思いますが、

実は気持ちは充実していました。自分の夢に向かって頑張っている

手応えをひしひしと感じていたので。

箱根駅伝の経験が無かったら、フルコミション営業に耐えきれなかったと思います。

フルコミション営業から独立

ひとり社長
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約5年間ひたすら、走り続けお客様も増えて晴れて自分の会社を設立できました。

誰もが無理だと言っていたフルコミション営業で独立できたのは、

ただ一生懸命だった何も知らなかった私から、契約をしてくださったお客様のおかげです、今でも多くのお客様が継続してお付き合い頂いておりますありがたいことです。

大成功とはいかないまでも、転職を後悔するような事はないくらい充実した

毎日を送っています。

そして妻にも色々と負担をかけてしまいましたが自分と一緒に耐えてくれた事に感謝です。

ひとり社長として夢を追いかけ

ひとり社長
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今では箱根駅伝は遠い過去の話ですが、今でも大学時代の先輩・同期・後輩には刺激をもらっています。ほんと皆さん素晴らしい活躍をされています。仕事で大成功している方、陸上の指導者として有名になった友、だけどあの時、箱根駅伝を目指して一生懸命だった空気は、今もいつも私の心に残っています。

(あの空気感がトップを目指す空気感なんだと)

だから私は箱根駅伝が好きなんでしょう。箱根駅伝の友が夢を追って頑張っているように、私はひとり社長として夢を追いかけて行きたいです。

このTWITERは20年以上たっても心に残っている思い出の一コマなんですが今回の箱根駅伝を観戦して20年以上たって、こういう事だったのかと答えが見つかりました。当時は厳しい言葉だなーと箱根駅伝前にこんな言葉言わなくてもいいのにと(笑)悔しさを押しつぶしました。

ここで怒ったらチームの雰囲気が悪くなると思い。ですが真剣にトップを目指すチームにはこの気持ちが大事だったんだと今になれば思えます。

ひとり社長
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自分は、メンバーギリギリで、最後の箱根駅伝を走りたく、区間エントリー選考トライアル前半は前にでず風が強く風よけをし、後半からスパートして区間エントリーに滑り込みました。その時同期のキャプテンから厳しい言葉を言われたのを今でも覚えていました。自分の事で精一杯だったから、あの時の走りは自分ができる精一杯の選択だったと思います。ですが彼は勝負師厳しい男だったと今わかりました。勝負へのこだわりだったと正々堂々と自分の力で走らないと箱根駅伝で力を発揮できないと。その勝負師だからこそ大成できるのかと感じます。時は流れ10年後友達の結婚式で彼に会い酒を酌み交わし、人間的に大きくなっているなーと感じました。 彼も実業団で相当苦労していて大変だったようでした。自分も苦労して独立したので親近感がわきました。それ以後、その心のわだかまりは私の心からスーと消えていました。箱根駅伝の友今でも勇気を与えてくれてありがとう。友の夢がかなう日を陰ながら応援しています。

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